おなかがいっぱいになると気持ちが辛くなるお話

おなかがいっぱいになると
気持ちが辛くなるお話。

多分色々な要素があるんだろなと
思う。

小学生くらいまで
何故かは分からないが、
外食をすると吐いていた。
外食でテンションが上がりすぎて
ハンバーグをしこまた食べていた。

からではなく、
何かこうあの雰囲気が
(家族みんなでご飯を食べている情景)
そうさせていたような気がするが
その時は
何がなんだかわからなかった。
(後に東京に出てくるまであんまり外食はしていなかった)

中学生の時に
阪神大震災が起こった時も
そうだった。
震災のニュースを見て
何も出来ない自分と、
ニュース番組への憤り、
被災した方の悲しみが
ドバッとやってきて
暫くご飯は食べれなかった。

あの満腹感が
やってくる度に
いつも感じるもの。

自分のこの幸せの裏の
何処かには
誰かが苦しんでいる。

久々にその感じがやってきていて、
みんなと
ご飯を食べている途中から
やってくる嫌悪感。

いつだって
誰かの幸せの裏には
幸せでは無いことが
隠れている。

忘れることは出来ない

それでも
人間はご飯を食べる。

おれだってそうなんだ。

ことばがあるのに

どんなに綺麗に飾られても死んでいる

人は言葉という形で
気持ちを伝えられるのに
それをしない、
状況があり出来ない。

それぞれの価値観の輪を
みんな持っていて
その輪を重ねる事により
家族になっていく。

もっと重なっていたと思っていた
輪は
生活をしていく事で
ズレている所に気づく。

そのズレが治せず
新しいズレが出てくる。

完璧にあう輪なんて
どこにもない。

一度ズレ始めてしまった
輪は
変形をしてしまい
ハマりずらくなってしまう。

いつの間にか
おれの価値観はこんなに
歪なボコボコな
輪になってしまったんだろう。

はなしをしよう。

あな

あなだらけ。
手を伸ばしての
何にもぶつからない毎日。
それくらいの距離感。
悲しい時間。
寂しく無い日はない。

笑った直後が一番
かなしい。

剥がしてくれよ

かさぶたを剥がした。
血がでている。
またかさぶたになり。

いいよ。好きなだけ剥がして。

かさぶたには
ならずに
膿んでしまった怪我。

寝れない日がまた続く夜、
隣の部屋の明かりはついたまま。

The Randolf

少し遅れてしまいましたが、
先日のThe Randolf2連ちゃんライブ
見てくれた皆様
本当にありがとうございます。

ドンさんや、mattaさんの
ブログでも発表しておりますが、
先日のライブを持ちまして、
解散致しました。

人が人と関わるという事は
そこに色々な思想が生まれますが
私は近々この日が来ることを
感じておりました。

ドンさんが
ドンさんのイメージする音に
なるためには
もっとドンさんらしく
(きっとそれはズボンズらしく)
自由に音に向かっていく事が良いと
思っていました。

The Randolfとしては
それを全う出来ないのでは
ないか?と。
バンドメンバーとして、
ズボンズの1ファンとして、
考えておりました。

なので今回の解散は
とても寂しいのですが、
またズボンズの音を感じれる事は
嬉しい事です。

短い時間でしたが、
ドンさん、mattaさん、440君と
一つの音を作りあげてく時間が
あった事が
私にとってとても大切な
時間でした。
色々な経験をさせて頂き本当に
ありがとうございました。

The Randolfのライブを
楽しみにしてくれた方々には
本当に申し訳ありません。

新しいズボンズの音と
自分の音を
楽しみにして頂けると、
とても嬉しいです。

4/18には
DON’s Magic Mountain bandのLIVEに シンセとして参加致します。
是非そちらも遊びに来て頂けると嬉しいです。

大切な人との時間とは
とても貴重で、
永遠ではありません。

限られた時間を更に大切に
生きていきます。

自分

不安を抱えたり
怠慢があったり
余計なお世話をしてしまったり
何かをしんじてみたり
優しい気持ちが生まれてみたり
コンプレッサーやリミッターで
潰れた、
そして全ての要素が作ったのが
自分自身。

そんな自分を信じて生きていけるのか。

曲を聴いて泣いております。
あの雪はおれには溶かすことは
出来ないのだろうか

みんなこういう気分で
音楽を聴いているのだろうか。

くも

あまりにも現実過ぎる雲は
嘘みたいに思える。
この目の前で起こっている現実は
嘘みたいに思える
本当のお話。

雲は晴れない

やぎ

立ち止まると死ぬのはわかってる。

一歩一歩歩くと、
あの日から遠くなるのもわかってる

おれはどこへ歩いているのか。