にんじんだって食べれるよ

最近カレーに、にんじんとじゃがいも入れている。

昔は嫌いだった。

にんじんはなんかフレッシュだし、
じゃがいもは溶けてなんか
美味しくないし。

だから一人暮らししてカレーを作る時は、
にんじんとじゃがいもは入れないで
鶏肉と玉ねぎと香辛料を入れ
ひたすら煮るシンプルなカレーが
好きだった。

でも最近急にカレーに
にんじんとじゃがいもを入れるのが
入れるのが急に自分の中で
流行っていて。

あんだけ嫌いだった
にんじんも美味しいと思うように
なった。

昔だったら、
“嫌いなにんじん食べれて偉いね”って
親に言われて、喜んでいたろう。
でも、今はにんじんを食べても
誰も褒めてくれない。
(まあ今、にんじん食べれて偉いねぇなんて言われても、バカにしてるのか?と思うが)

歳をとると、
出来ることが増えて
いつしか当たり前になって
褒められることも減ってきた。
逆に褒めることも減ってきたと
思う。

でも、やっぱり
今でも褒めてほしい部分はあって、
それはあなたに
認められたり、存在理由を
作ってもらえてる気がするから
だと思う。

人は満たされてても、
愛されていても、
心の何処かに常に孤独を持っている
生き物なんだと思う。
(自分は単純一人で暮らしていて、
寂しいと思う日々も要因だが)

頑張ったね、
凄いねって
言葉は力をもっていると思う。

大切な人は褒めてあげたり、
時には怒ってあげたり
してあげたいと思う。

今度にんじんを食べている子がいたら、
心から食べれて偉いねって
褒めてあげよう。
(バカにはしてないからね。)